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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7288号 判決

原告 近田利次郎

被告 株式会社小佐野商店

主文

被告は原告に対し別紙〈省略〉目録記載の建物を収去して、その敷地たる右目録記載の宅地六二坪一合三勺を明渡し、かつ、昭和二八年三月一日以降右明渡済にいたるまで一カ月一八六円の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において七万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  訴外増田銀次郎は、原告からその所有する別紙目録記載の宅地(以下「本件宅地」という。)を賃借し、その地上に右目録記載の建物を所有していたが、昭和二六年一〇月一二日被告会社において右訴外人から右の建物を買受けたので、昭和二七年以降原告は被告会社に対して本件宅地を賃料一坪につき月額参円・毎月末日払の約にて賃貸借していた。

(二)  被告会社は、昭和二八年三月分以降の約定賃料を支払わないので、原告は被告会社の登記簿上の本店所在地及び被告会社取締役(清算人)小佐野総一郎の住所甲府市和田平町七番地宛にて「昭和二八年三月分以降昭和二九年二月分までの延滞賃料二二三六円六八銭を同年三月二七日までに原告方へ持参支払われたく、もし支払がないときは賃貸借契約を解除する。」旨昭和二九年三月二二日附内容証明郵便をもつて催告をなし、本店所在地あての郵便は転居先不明にて送達不能となつたが、代表取締役の住所宛の郵便は、同月二三日被告会社に送達された。

(三)  然るに被告は右催告の履行期日までに原告に対して延滞賃料を支払わなかつたから、原告、被告会社間の前記賃貸借契約は昭和二九年三月二七日をもつて解除の効力を生じた。よつて原告は、賃貸借契約の消滅を理由として被告会社に対し、別紙目録記載の建物を収云して、その敷地である同目録記載の土地の明渡を求め、あわせて昭和二八年三月一日以降右明渡済にいたるまで一カ月一八六円の割合による延滞賃料及び損害金の支払を求める。

と述べ、被告の主張に対し、

原告は、登記簿の記載にもとずき、被告会社の本店所在地及びその代表取締役(清算人)の住所あてに催告書を送付し、右の書面は同人の住所に到達したのであるから原告のなした催告には何等の瑕疵なく、被告会社の清算人が右の催告書を現実に受領した日時が履行期日経過後であつたとしても、催告の効力には何等消長をきたさない。また原告は被告会社清算人発信の電報を受領したことは認めるが、同人から延滞賃料を現実に提供された事実はない。

と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁及び被告の主張として、

(一)  原告主張の内容証明郵便が被告会社に到達した日時及び契約解除の効力発生の点を除き、請求原因事実はすべて認める。

(二)  被告会社は清算中であつてその事務所を甲府市池添町三九〇番地に置いており、原告の催告状を現実に受領したのは、履行期日経過後の昭和二九年三月三〇日であつたため、催告に従つて債務の履行をなすに由なく、かかる催告は無効であり契約解除の効力を生じない。

(三)  仮りに、右の催告が有効であつたとしても、被告会社清算人小佐野総一郎は、右の催告書受領と同時にとりあえず原告に対し電報をもつて翌三一日に上京する旨を知らせ、翌三一日上京して原告に対し延滞賃料を現実に提供したが「林博弁護士に依頼済みであるから同弁護士方へ持参されたい。」とのことで賃料を受領されなかつたので、同弁護士方へ持参してこれを提供した。即ち被告の原告に対する現実の提供は履行期日を経過すること僅か四日にすぎなかつたのであるから、原告がその受領を拒絶したことは権利の濫用というべく、契約解除の効力を生じない。

と述べた。〈立証省略〉

理由

(一)  原告主張の請求原因たる事実は、原告の被告会社に対する延滞賃料の催告並びに条件附賃貸借契約解除を内容とする書面が被告会社に到達した日時の点を除き、被告の認めて争わないところである。

よつてまづ、原告の被告会社に対する前記書面による催告及び条件附契約解除の意思表示は何時被告会社に到達してその効力を生じたかについて判断する。

原告が昭和二九年三月二二日附内容証明郵便をもつて延滞賃料の催告並びに条件附賃貸借契約解除の意思表示を内容とする原告主張の書面を「甲府市和田本町七番地株式会社小佐野商店代表取締役小佐野総一郎」宛に発したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証の一、二に被告会社代表者本人尋問の結果を併せ考えると、右の内容証明郵便は、同月二三日甲府市和田平町七番地に居住し右小佐野総一郎の実弟にあたる小佐野善次郎に配達され、同月二八、九日頃甲府市池添町三九〇番地に居住する小佐野総一郎の手中に入つたことを認定することができる。およそ隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時にその効力を生ずることは、民法第九七条第一項の明定するところであり、ここにいわゆる「到達」とは、意思表示が事物自然の順序に従えば相手方においてその内容を了知することができる状態に置かれたことをいい、相手方が意思表示の内容を了知したことを指すものではないとなすことすでに通説である。換言すれば、表意者はその意思表示の内容を相手方に了知せしむべく常識上為すべきことを為し終えたときをもつて意思表示は相手方に到達したものとなし、その後の推移による危険はすべて相手方をして負担せしめんとするのが、前示民法の規定の趣旨と解するのである。本件についてみるのに、原告は登記簿の記載による被告会社の本店所在地及び代表取締役小佐野総一郎の住所にあて二通の催告及び条件附契約解除の通知を発し、そのうち前者は送達不能に終つたが後者は前認定のごとく、昭和二九年三月二三日登記簿の記載による被告会社代表取締役小佐野総一郎の住所へまさしく配達されたのであるから、原告としては延滞賃料の催告並びにその不払を条件とする契約解除の意思表示を被告会社に了知させるべく常識上為すべきところを尽したものというべきであつて、前認定の内容証明郵便が同月二八、九日頃にいたつて被告会社清算人小佐野総一郎の手に帰したことの理由のいかんをとわず、原告の被告会社に対する前示催告及び条件附契約解除の意思表示は、昭和二九年三月二三日被告会社に到達しその効力を生じたものというべきである。

(二)  被告は、催告期日を経過すること僅か四日後である昭和二九年三月三一日原告に対して延滞賃料を現実に提供したのであるから、原告の本件賃貸借契約の解除は権利の濫用であり無効である旨主張するので進んでこの点について判断する。

(1)  成立に争いのない乙第一、二号証、被告会社代表者本人訊問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、(イ)被告会社清算人小佐野総一郎は、昭和二九年三月三〇日頃原告から被告会社あての前示通知書を実弟訴外小佐野善次郎から手渡されてその内容を了知するや、直ちに原告あて翌日上京する旨の電報を発信した上(この点については、当事者間に争いがない。)、その翌日である同月三一日頃上京し、まづ原告に対しその催告にかかる延滞賃料の受領を求めんとしたところ、同人から「林博弁護士に一任してあるから同人に面接されたい。」旨告げられ、即日右林弁護士を訪問したが、家人から「その件については妹川弁護士が担当しているが今不在であるから明日来て貰いたい。」旨の話があり、その翌日即ち同年四月一日頃原告代理人たる妹川正雄に前示延滞賃料の受取方を求めたが、すでに催告期日を徒過しているとしてその受領を拒絶されたため、同月七日これを東京法務局へ供託したこと(ロ)前示小佐野は、前記のごとく、原告及びその代理人妹川正雄に面接した際延滞賃料を支払うべく現金は所持していたが、原告等の面前にこれを呈示はせず、口頭でその受領を求めたところ、受領を拒否されたことを認定することができる。

(2)  右(1) の認定事実によれば、被告会社清算人小佐野総一郎は、原告及びその代理人妹川正雄に対して、延滞賃料を支払うべく現金を持参の上その受領を求めたのであるから、原告等の面前に右の金員を呈示しなかつたとしても、なお現実に弁済の提供をなしたものとはいい得る。問題は、被告会社が原告の催告にかかる履行期日を徒過したことにより直ちに条件附契約解除の意思表示はその効力を生じたものとみるべきか、あるいは被告会社のした弁済の提供は履行期日に遅れることわずかに四日にすぎなかつたのであるから、賃貸人たる原告は被告会社の提供にかかる弁済を受領し、前示契約解除の意思表示を徹回すべく、これを為さなかつたことは権利の濫用であつて右の契約解除の意思表示を無効とすべきかである。結論をさきに示せば、本件のごとく、賃貸人が賃借人に対して延滞賃料についての一定の期限を附する催告とその不払を条件とする賃貸借契約解除の意思表示をなした場合において、賃借人が右催告にかかる履行期限を徒過し、契約解除の意思表示が効力を生じた後においては、最早賃借人は、従前の延滞賃料(かりに、完全な遅延賠償を加えても)を賃貸人に提供しても、すでに発生した契約解除の効果には何等の消長を来さないものと解する。けだし、賃借人が賃貸人から延滞賃料の催告を受けてその履行期限を徒過した場合においても、賃貸人において未だ解除権を行使するにさきだち、延滞賃料及び遅延賠償を提供すれば右の解除権は消滅すると解すること通説であるが、本件の場合のごとく、履行の催告とその不履行を条件とする契約解除の意思表示とが同時になされ、履行期日の徒過によつて当然に契約解除の意思表示がその効力を生じた場合は右の場合と異り、契約解除の効力発生後に延滞賃料と遅延賠償とをあわせ提供することによつて一旦解除を生じた契約が復活するとなすことは、当事者及び第三者間の法律関係に紛糾をきたし好ましくないからである。

右に述べた理由により、原告、被告会社間の本件賃貸借契約は、昭和二九年三月二七日の経過とともに解除されたものというべく、賃貸借契約の終了を原因として、被告に対し、別紙記載の建物を収去してその敷地である同目録記載の土地の明渡を求め、あわせて、昭和二八年三月一日以降右明渡済にいたるまでの延滞賃料及び損害金として一カ月一八六円の割合による金員の支払を求める原告の本訴は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉)

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